アジトの一室が真っ白な布で埋め尽くされる。
朝陽に照らされた白は、雪原と見紛うほどに眩しい。
一足早いハロウィンの飾り付け――と言うには清らか過ぎる空間の中心で、僕と真人さんは結婚式の仮装をしていた。
そこら中から“貰ってきた”山ほどの白布から、気に入った白を切り貼りしては巻き付けて、世界に一着だけのドレスを纏う真人さん。手持ちの服からかき集めた白で、精一杯の新郎を装う僕。
厚い布、透ける布、柔らかい布、固い布。選び散らかされて残った白は、無垢で自由な装飾だ。
仮装で、仮想。手順や作法なんて出鱈目で構わない、ふたりだけの仮初の世界。
光を透かす柔らかな布の内側で、僕達は密やかに見つめ合い、愛おしい呪詛で呪い合う。
「私、順平が好き」
「そう言って誑かして、死ぬまで僕を利用するんでしょう」
「うん」
「死んだ後の肉体も、魂の情報も、都合よく使い捨てる気でいるくせに」
「うん」
「残酷ですよ、嬉しいくらい。呪わしいのに……僕、幸せじゃないですか」
「……うん。私も幸せだよ。君にこんなにも呪ってもらえて」
真人さんはそっと微笑んで、自然と触れていた互いの指先を絡めとる。
指と指が交差して、手が聢りと結ばれると――僕の左手の薬指をぐるりと一周して、痛みに満たない感覚が刻まれた。真人さんの術式で、僕の魂が、また形を変えたんだ。
復讐の力を与えてもらった日のように、内側を変えられたわけではない。災害のように真人さんが振りまいてきた、死に至る転変ではない。なら、これは一体……
「継ぎ接ぎの、指輪……?」
真人さんに見惚れてぞんざいになっていた自分自身の肉体の一部に目を凝らすと、見慣れた継ぎ接ぎが薬指を左手に繋ぎ止めていた。僕の魂の形を弄って作られた――魂から生まれた――決して外れることのない指輪として。
そうだ。結婚式の仮装なのに、結婚指輪は用意していなかった。
そうか。これが、僕達の。
「真人さん」
左手から目を離せば、再び真人さんの微笑に囚われる。
僕の頬へと伸ばされた真人さんの左手、その薬指に刻まれた新しい継ぎ接ぎは、視覚ではなく触覚で理解した。触れる手が、指が、一瞬前と違うのだから。
「順平。殺める時も斃れる時も、私を人として怖れ、憎み、呪い続ける事を誓いますか」
「誓います」
即興で紡がれた、真人さんらしい誓いの言葉だ。
言祝ぐ者の役が存在しない、ふたりきりの真似事。続く言葉は僕の声が担うのだろう。
「真人さん。殺める時も斃れる時も、僕を呪霊として欺き、嘲い、呪い続ける事を誓いますか」
「誓ったりなんか、するわけない」
心地よい柔らかな衝撃が僕の身を揺らす。
抱きしめられた衝撃で滑り落ちたヴェールが、重なる唇を隠す。
これは仮装で、仮想――誓いの口づけの真似事に祝福の鐘は鳴り響かないはずなのに。
肉体の先、魂の奥底から、高らかに謳う鐘の音が聴こえたような気がした。