私は、ただ見ていた。
魂が毒で死んでいく。
迫る死に慄く呼吸が唐突に途切れて、人間の形の抜け殻が出来上がる。
苦痛に藻掻いてみっともない最期を迎えた呪術師を殺したのは、私がその場の思い付きで生かした人間と、そいつが使役する式神だった。
「今日の仕事も上手にこなせたね、順平。澱月もよく頑張ってたよ」
「真人、さ」
順平が振り返るよりも先に後ろから抱きしめて、魂を調節して体温と鼓動を作る。
掛ける声は普段よりも柔らかに。掛ける言葉は順平が喜ぶものを。
人間が安らぐモノは、誑かそうと思えば簡単に作り出せた。
「魂はちょっとブレてたみたいだけど」
「……すみません」
「大丈夫、大丈夫……もうすぐ揺らがなくなるはずだから。ほら、忘れるのが上手になってる……殺した人間のことも、そいつらから生まれた代謝も何もかも」
順平を生かしてから覚えたこと。
人間を殺し切れないまま呪詛師になった順平が、仕事や戯れで死を与える側に立った時、揺らぐ魂を鎮める行為のひとつ。自壊を防ぐために仕方なく……そう、仕方なく覚えたこと。
せっかくとっておいたおもちゃなんだから、少しは長持ちして、ここぞという時に壊れてくれないと。例えば、ハロウィンの渋谷。欲を言えば、宿儺の器の目の前で。
「早く真人さんみたいになれたらいいのに」
「なれるよ、順平なら」
心なんて無いけれど、心にもない事を言うのも必要なこと。
ほら、もう殺した時の代謝を忘れ始めた。
特に、名前を呼ぶと効果がよく表れる。呪霊のそれとは違うけれど、人間だって名前は重要だ。
「順平」
だから私は、ただ名前を呼ぶ。
「順平」
鎮める度に、慰める度に、抱き締める度に、抱かれる度に。何度も呼ばなければいけないから、君の名前を憶えてしまいそう。識別記号ではなくなって、記号を越えた意味を持ってしまうかもしれない。
私が君なんかのために費やした時間の分だけ、君が私にとって――
「順、平」
――魂に連動して目が瞬く。
解っているはずなのに知らない代謝が、私の中で灯って消えた。
本能が告げる。私を生んだ負の源の一つに過ぎないと。
理性が告げる。だとしても、私に在ってはならないモノだと。
「順平」
大丈夫。忘却の時はすぐそこに。
ハロウィンの渋谷。運よく生き残った君も、きっと生きてはいられない。
君の死に様を嗤ったら、私はただ、何もかもを忘れて終わっていくだけ。
私は、ただ――
アルファルドの王子さま
▥ 縦書きで読むSep 2023 - 修正 / 改稿